お鉢めぐりのスタートは三原神社からです。島の人々は古来、噴火(火映)を「御神火」、火口を「みほら」と呼んであがめ尊んで来ました。三原山の語源は「みぼら・みほら」(御洞(火口))が転訛(てんか)したものとも言われています。人々は三原山を島の総鎮守、三原大明神として崇敬して来ました。毎年6月1日には賑やかに「御山参り」(山開き)が行われます。三原神社は大正の中頃に山頂に小さな祠として建てられました。1950・51年の噴火では事なきを得て後に建て直しました。  

1986年11月、三原山噴火、割れ目噴火溶岩流出、全島避難は26年前のことです。境内案内板には「・・一九五〇~一九五三年及び一九八六年(全島民避難)の噴火で・・原神社はこの昭和の大噴火による溶岩流も「なぜか」神殿を避け直前で両側へとながれを変えている。これこそ古代からの信仰である御神火のなせる業ではないだろうかだろうか。不思議の一語につきる。」と記載されています。 

 

鳥居の奥に見える富士山

神殿を避けるように流れていった溶岩

三原山神社の神殿

 

関連情報


  • 「三原山神社」(iアプリ「伊豆大島ジオパークガイド」/大島観光協会)

溶岩流も避けて通った。

1986年の噴火で火口から流れ出した溶岩は、この三原神社を避けるかのように、左右に分れて流れました。溶岩と建物の間の距離はわずか2~30センチ。溶岩流から三原神社は守られました。神社は、火山を「御神火」として崇め奉ってきた島民の想いに応えるかのように、いつも島を見守っています。三原山神社付近の山頂からは富士山、伊豆半島、太平洋に広がる、抜けの良い景観を眺めることができます。

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