関連情報


大島三原山外輪山の岩壁に刻まれた戦争の傷跡 ( 山頂駐車場から 約1,8km )

                                                             

三原山展望所より坂道を下り、右外輪山縁の道を20分程進むと表砂漠へ出る。

表砂漠手前の道路脇左手の建物( 過去に岩石採集をしたボーリング施設 )を見て道を挟んだ反対側斜面を見上げると、大きな岩の塊。

ハチジョウイタドリやススキの生えた砂の斜面を登ると、行く手を阻むかの様に大きな岩盤が目の前に現れる。

岩肌には力強く彫られた”必殺必勝”の文字。

詳 細


第二次大戦中、大島には1万6千人程の師団が進駐し”磯兵団”と呼ばれていた。

8月15日に終戦を迎えた数日後、この師団の兵団長が岩壁に「必殺必勝 皇紀二千六百五年磯兵団」と刻むように命じた。

師団の中には石工が9名居り、一週間程で彫り上げ朱色に塗られたという。

伊豆大島は東京から120㌔南に位置し、戦争末期には北上してくる米軍機の通り道となっていた。

時に空襲により戦傷者も出る中で、戦う事なく終戦を迎えた悔しさも読み取れる場所である。

この磯兵団の復員は、1945年10月に入りようやく開始された。

このサイトに掲載している情報は、個別の注記事項がない限り、クリエイティブ・コモンズ-表示 2.1 日本 ライセンスの下で利用可能です。詳細は「著作権・ライセンス」を参照してください。

また、このサイトに掲載している情報はOpen Database License (ODbL) v1.0の下でも利用可能です。

© OpenStreetMap contributors.