よみ:ためともじんじゃ
弓の名人といわれた鎮西八郎為朝が、保元の乱に敗れて捕えられ、大島に流されて住んでいた館の跡は、後に代官屋敷となったところともいわれる。
為朝のため特に許されたという格式ある朱塗りの門から通称「赤門」と呼ばれているこの屋敷内には戦いに備えたという物見台、抜け穴などもあり、奥まった木立の中に為朝神社(頭殿神社=こうどのじんじゃ)がある。
神社の標札板には由来が記されており「・・・その身柄を預けられた島代官藤井三郎大夫忠重の娘を妻とし、他の島々にまで勢力を張ったため、朝廷の命により為朝討伐の軍船が大島に攻め込んだ。為朝はこれを迎え討ち一戦交えるが衆寡敵せず、遂に自刃して果てる。以来八百余年、代々藤井家の氏神とし、またその武勇を称える島民の信仰をあつめて現在に至る」とある。
元町港に隣接する長根浜公園には為朝の事績武勇を称賛した記念碑、そのほか岡田港八幡神社、為朝が刀を研いだという湧水のある場所など為朝にまつわる多くの言い伝えがある。為朝と大島との関係は『保元物語』や『椿説弓張月』などにより詳しく伝えられている。

また、毎年10月上旬に「為朝の神事」が執り行われ源為朝に扮した鎧武者による弓引きも披露される。

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交通


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